(145)春にして君を離れ

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる…女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。

「ただいま、ロドニー、やっと帰ってきましたのよ」

しかし、ああ、どうか、きみがそれに気づかずにすむように。

素晴らしい。アガサクリスティ凄すぎる。栗本薫の解説も含めて最高だと思う。途中でジョーンが反省し始めたところでは生温い結末を少し危惧したのだけど全くそんなこと無く最後の最後まで容赦無い。「怖ろしい」「哀しい」という感想も非常に納得出来るのだけどそれ以上に作品としての「完成度」「美しさ」がそれらを上回る。とはいえ読み手のバックグラウンド次第で共感の有無が変動するとは思うのでかなりパーソナルな作品かもしれないが。ミステリ作品ではないにも関わらず個人的にはクリスティ作品の中で現時点で一番好きな作品になった。因みに本作品は当初メアリ・ウェストマコット名義で発売されたらしいが「クリスティ名義で本を出した場合ミステリと勘違いして買った読者が失望するのでは配慮した」という説明が「ノン・シリーズ」の紹介でされていた。最近ミステリから純文学に徐々に転向している作家もちらほら見るからそのエピソードが「ミステリの女王」としての自覚と気高さを余計感じる。

【採点】
★★★★★★★★★☆(9)